大切な人を大切に撮り続ける

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みなさんは大切な人の写真を撮りますか?

 

パートナー、親、兄弟、祖父母、あなたの身近の大切な人の写真を

撮り続けていますか?

 

 

長い間、海外で生活をしていて、今年の春、約3年ぶりに家族に会った。

前回家族に会ったのは丁度、私が写真にはまり始めた頃で、新しいカメラを試したくて家族をモデルにカメラの使い具合、撮れ具合を確かめたくて撮ってのが最後に家族を撮った記憶。

 

それからしばらく一人で、海外の風景、知らない人、ほぼ毎日のように写真を撮りに出かけ漠然と写真が上手くなりたい、何でもかんでも撮り続けた。

 

この間、一枚も家族の写真を撮っていなかった。

 

もっと多くの人に自分の写真を見て欲しいとも思うようになり、写真にどっぷり浸かっていた2年程前は毎日の日課として、写真を撮りに外に出かける、FacebookFlickrに自分の写真を載せ、また写真を撮りに外に出る。そのループ。

 

いつの間にか、無意識のうちに人に見せる為、SNSに上げる為に写真を撮っていた。

 

そんな中身のない写真生活もすぐ飽きたのと疑問を持つようになり、特に自分のSNSのフィードを半年前くらいの写真を見返した時に、フィードには自分で選んだお気に入りの写真を載せていたはずなのに、え?何で?私こんなのアップしたんだろう、確かに写真を撮っているうちに少しの好みやスタイルは変わっていくと思うけど、私は過去の自分の写真が、好きじゃなくなったり、自分は何で写真を撮ってるのだろうとか考えるようになった。

 

フィルムカメラに出会って、デジタルをばしゃばしゃ枚数関係なく撮っていたのから、フィルム独自の、シャッター押して、巻いて、もっと言えば、絞りやスピードもデジタルのようにボタンや液晶をタッチするのでなく、実際レンズを触って、リングを回してピント合わせて、などというフィルム独自の経験を味わうようになって、写真の技術的な事より、もっと写真の本質的や内面的な事を考えるようになった。

 

フィルムで写真を撮るようになって、写真を撮る行為がスローダウンし、もちろんフィルムはデジタルと違ってコストもかかるから、よく自分の本当に撮りたいものだけを自分への記録、楽しみとして自分の為に写真を撮るようになった。

 

そんな中で今年の春、3年ぶりに家族との再会。

母は私が最後に会った時より随分痩せ、ゆっくり歩き、三部咲きの桜を見上げた。

 

3月末、母は病院に入る前に満開の桜が見たいと言った。

まだつぼみの桜の木を見てはまだかなぁと言った。

 

私は、お願い、早く満開に咲いてと願った。

妹と少しでもたくさん咲いてる木を町中探した。

 

今年の春、母と満開の桜を撮りたかった。

 

地球の裏側で、街並み、風景、知らない人、自分に全然関係のない物ばかり撮っていた事を後悔した。

 

本当に残したい写真、思い出、被写体は自分の一番近くにいた。

 

やっと気付いた。

 

 

 

これからは自分への記録、思い出、自分の為に、自分のペースで、大切に写真を撮り続けたいと思う。

 

 

 

みなさんは大切な人を大切に撮り続けていますか?

 

 

 

2017年 春 千葉大病院